大阪高等裁判所 平成元年(ネ)165号 判決 1990年4月26日
控訴人 新居良一
右訴訟代理人弁護士 芦田禮一
同 井木ひろし
被控訴人 森明
右訴訟代理人弁護士 藤田元
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金四〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
《省略》
理由
一 請求原因(一)、(二)の事実、同(三)の事実のうち、被控訴人が額面金一〇〇万円の約束手形に裏書したこと、同(七)の事実のうち、被控訴人が控訴人方へ行ったこと並びに同(九)の各事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、控訴人主張の本件保証契約の成否について判断する。
右争いのない事実に、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。(《証拠判断省略》)
1 控訴人と被控訴人とは、昭和三〇年頃から職場の同僚として知り合って以来交際を続け、被控訴人が控訴人から金員を借り入れることなどもあった。
2 控訴人は、昭和六一年頃、被控訴人から、訴外会社の代表取締役である小川を紹介され、融資方を依頼された。なお、被控訴人と小川もかつての職場の同僚として昭和三〇年代からの知合いであり、昭和六〇年頃には、被控訴人が他から金員を借り入れる際、小川がその保証人になったり、訴外会社振出の手形を貸与したりすることもあり、また、それぞれが第三者から借り入れた金員を互いに融通し合ったりするなどの関係にもあった。
3 右小川を紹介された控訴人は、被控訴人に対し、「小川(訴外会社)の債務の返済について、万が一のことがあれば、責任をとって貰えるか。」と話したところ、被控訴人もこれを承諾したので、控訴人は、小川から訴外会社振出の手形を預ってこれを他から割引を受け、その割引金を訴外会社に貸し付けるとの形で取引を開始することとし、以後、このような取引が多数回に亘り継続されることになった。そして、その当初には、被控訴人が小川もしくは訴外会社の代理人との立場で控訴人と交渉をし、これによる借入金も被控訴人が控訴人から受領して小川に交付することも幾度かあり、また、右貸借の際、訴外会社振出の手形に被控訴人が裏書をすることもあった。
4 訴外会社は、昭和六二年八月一七日、小川が控訴人のもとに本件第一手形を持参して、控訴人から事業資金の名目で金二〇〇万円をその弁済期を昭和六二年一〇月五日として借り受け、さらに同年九月七日、第二手形を持参して、右同様の名目で金二〇〇万円をその弁済期を同年一〇月三〇日として借り受けた。
これらの貸付に際し、被控訴人が直接これに関与することはなかったが、前示の小川と被控訴人との関係からしても、被控訴人は当然小川からその内容を聞き知っていた。
5 ところが、第一手形による貸付の弁済日で、同手形の支払期日である昭和六二年一〇月五日、小川から控訴人に対し、「同日中に同手形の決済ができないので、依頼返却の手続をして欲しい。右借入金は同日中に持参する。」ということであったので、控訴人は、これに応じ、依頼返却の手続をした。
そして、同日夕方、小川は、控訴人方を訪ねたが、「もう少し待ってくれ。」と言って約束の金員は持参せず、翌六日、「これから資金繰りに行ってくる。」と弁解するとともに、その支払の担保として、第三手形を持参した。なお、前示の訴外会社の各借入金の合計額は金四〇〇万円であるのに対し、右手形の額面金額が金五〇〇万円となっているのは、小川は、被控訴人が控訴人から昭和六二年八月五日に金五〇万円、同月二〇日に金五〇万円の合計金一〇〇万円の借入をしていることを知っており、これについての支払をも担保する趣旨で右額面の第三手形を振り出したものであり、また、これらについては、右手形の支払期日である同年一〇月一五日限り支払うことを約束した。
6 ところが、同月七日に至るも、小川からの連絡は一切なかったため、控訴人は、被控訴人に対し、電話で、「どうしてくれるのか、来て欲しい」、「小川が金を持って来ないから、被控訴人に保証を書いて貰わないかん。それで印鑑を持って来て欲しい。」などとして被控訴人を自宅に呼び付け、同人に対し、訴外会社に合計金四〇〇万円を貸し付けていること、その支払の担保のために受領した第一手形について依頼返却の手続をしたこと、小川が名古屋に資金繰りに行くといったまま連絡がないこと、小川が額面金五〇〇万円の第三手形を置いて行ったこと、右額面中には被控訴人の控訴人に対する借入金合計金一〇〇万円分も含まれていることなどを説明したうえ、「最初から被控訴人が責任を取ると言っていたのだから、この手形に裏書をして欲しい。」と迫ったところ、控訴人も、当初はこれを渋っていたものの、結局、これに応ずることとし、第三手形の第一裏書部分に署名し、その名下に持参した印鑑を押捺した(以下、「本件裏書」という。)。
なお、被控訴人は、当審における本人尋問において、右の状況下で、仮に、控訴人から右裏書に代え、或いはこれとともに、保証書を書くことを求められた場合にも、これを拒むことはできなかったであろう旨の供述をしている。
そして、控訴人が被控訴人に対し右裏書を求めた際、違法な強要、強迫がなされた等の事実は認め難い。
7 被控訴人は、昭和六二年一一月頃、控訴人に対し、前示5の自らの借入合計金一〇〇万の弁済をした。
以上の事実が認められる。
二 ところで、一般には、他人の債務を保証するにあたっては、特段の事情のない限り、その保証によって生ずる自己の責任をなるべく狭い範囲にとどめようとするのがむしろ通常の意思であり、これを裏書をする者の立場からみるときは、他人が振り出す手形に保証の趣旨で裏書をしたというだけで、その裏書によりいわゆる隠れた手形保証として手形上の債務を負担する意思以上に、右手形振出の原因となった消費貸借上の債務までをも保証する意思があったとまでは認め難い(最判昭和五二年一一月一五日民集三一巻六号九〇〇頁)ものというべきである。
しかしながら、これを本件についてみるに、前認定の事実によれば、控訴人と訴外会社との取引は、被控訴人の信用及び訴外会社の借入金の支払については被控訴人が責任を持つとの約束の下に開始されたものであること、被控訴人と訴外会社もしくはその代表取締役小川との間には、第三者からの借入に際し、互いに保証をしたり、これによる借入金を融通し合うなどの密接な関係にあったこと、被控訴人においては、控訴人と訴外会社との間の第一、第二手形に基づくその原因関係たる各金二〇〇万円ずつの消費貸借につき、その内容を本件裏書をする以前から、小川より聞き知っていたこと、右裏書を求めるに際しても、右貸付の事実をはじめとするそこに至るまでの経過及び右各貸付についての責任を取らせる趣旨(なお、そのうちの金一〇〇万円については、自らの債務の履行を担保する趣旨であり、以下も同様である。)であることを説明したうえで、被控訴人から直接、その面前でこれを徴していること、被控訴人自身も、その際、保証書の形で右貸付についての保証を求められたとしても、これを拒まなかったであろう旨供述していること等が認められ、これら事実に徴すれば、控訴人が被控訴人から本件裏書を求めるにあたっては、本件手形の振出の原因となった消費貸借上の債務までをも保証する意思があったと認むべき特段の事情があったというべく、右によれば、請求原因(七)の事実が認められるものというべきである。
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人が被控訴人に対し、本件保証契約に基づき、控訴人が訴外会社に貸し渡した前示4の各金二〇〇万円の合計金四〇〇万円及びこれに対する同7において約定した支払期日の翌日たる昭和六二年一〇月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由がある。
三 よって、これと結論を異にする原判決は不当であるから、これを取り消して本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石田眞 裁判官 鎌田義勝 梅津和宏)